第68回目のレビューは、田中圭さん主演「もしも命が描けたら」です。
放送作家・鈴木おさむさんと俳優・田中圭がタッグを組む、舞台作品第三弾として上演される本作。
鈴木おさむさんが『僕とやるときにしか見せない、彼の炎を見せたい』とお話されているように、俳優・田中圭の持ちうるすべてのパワー、熱量を感じる作品となっておりました。
自殺しようとする男と見守る三日月
子供の頃から家族にも見放され、希望もなくただただ生きていた月人(田中圭)。
彼の人生は暗く、大切な人から見放され、さらに大切な人がこの世を去る。あまりにも生きていくにはショッキングな出来事が幾度となく彼の周りで起こります。
そんな自分の今までの人生を、月人は行き継ぐ間もなく三日月(黒羽麻璃央)に喋り続けます。
一方で、三日月はその話を聞いているだけ。まるで時計が1秒ずつ針を進めるようにゆっくりと確実に、三日月はステージを縁取りながら歩きます。
薄めの文庫本くらいあるんじゃないかという膨大なセリフを、ひたすらに喋り続ける田中圭さんの凄さに圧倒され、また一方で「セリフ多いな」と思わせない技術も素晴らしいです。感情が一文一文に乗り、小説を聞いているかのごとく耳にすっと入ってきました。
命を削って命を与える力
彼はとある出来事をきっかけにこの残酷なこの世を去ろうとします。でもなぜか死ねないのです。
そんな彼を見て、三日月が話し始めます。「死ぬなら良いことをしてから死んだらどう?」
三日月の言葉をきっかけにストーリーはファンタジーの世界に変化していきます。
ステージ上をプロジェクションマッピングを使って彩り、先程の世界とは一変、一気にファンタジーの世界に引き込んでいきます。
三日月は月人に「絵を描くことで、自分の命と引き換えに描いたものに命を与える力」を与えました。
月人が力を手に入れた瞬間、ステージにプロジェクションマッピングで無数の光が映し出され、月人に力が宿ったことが演出でも表現されていました。
YOASOBIのテーマソングがまた流れ始め、月人が森の中で命を救う場面では、ステージ上で森の映像とともに花や蝶が映し出されていきます。
力を手に入れた月人は1日も早く死ぬために、沢山の生き物たちを描いていくのですが、そんな生活のなかで自分の人生を変えてくれる人に出会い、生きることに対する考え方が変わっていくのです。
だらだらと毎日過ごして、次の日には昨日何話したか忘れてしまったり、でも、そんな生活がとても幸せなんだと気づきます。ただ、死への未練もある。
さらに想像もしていなかった出来事が交錯し、最後、月人は残された命をすべて、ある人に与えるという大きな決意をするのでした。
ラストシーン
月人は大切な人の笑顔を守るため、"大切な人の大切な人"に自分の命をすべて与えて、自身の命を終えました。
様々な解釈のできるラストシーンだと思いました。
受け手に解釈を委ねてくれる余白のある終わり方で、月人は幸せだったのか、それとも苦しかったのか、様々な解釈のできるラストシーンでしたが、私は幸せだったんだろうなと感じました。
もともとは死ぬはずだった身。そこから沢山の命を救い、最後には自分の決めた道を進むことにしたのです。
苦しいなかにも光の差し込む終わり方だったと思います。
辛い。苦しい。死にたい。楽しい。いやだ。幸せ。嬉しい。まるでジェットコースターのように変化していく感情を表現していく田中さんはやっぱり器用で実力のある役者さんだなぁと思います。
特に"目の動かし方"や"目の覇気"の表現が圧巻だと感じていて、例えば、人生に絶望したときの、恐怖と逃げたい感情が見える視線。
時が止まっているんじゃないかと思うくらい、瞬間の苦しみが伝わってくるのです。
『もしも命が描けたら』というタイトルにもあるように、本作は"命"にまつわるストーリーが展開していきます。
このタイトルにも通じますが、田中さんは自身の命を削りながらの圧巻の芝居をされておりました。
自身も前から応援している大好きな俳優さんで、田中さんの出演する作品はほぼ観劇しています。
2年半前に「チャイメリカ」という作品に出演しており、こちらも感想レポを描いておりましたのでぜひご覧ください。
シンプルな舞台、だからこそ伝わるそれぞれの感情
ステージ上には大きな月が掲げられ、そして 傾斜のついた舞台。
舞台上にはいくつもの岩が並べられ、空虚さの伝わる世界が広がっていました。
シンプルだからこそ、3人の役者さんの動きやセリフに集中し、キャラクターの感情がよりダイレクトに伝わってきました。
そして本作は3人舞台で、田中さんのほかに黒羽麻璃央さん、小島聖さんが出演されております。
黒羽さんは三日月ともう一役演じておりますが、似ても似つかぬキャラクターで、演じ分けが素晴らしかったです。三日月という抽象的で難しいキャラクターですが、月人の人生に大きく関わる重要な役で、柔らかな印象と捉えにくいイメージを声の強弱などで表現されていて素晴らしく、また、妖艶さを持つ役者さんだと感じました。
小島さんは数多くの舞台に出演されているとのことなのですが、にじみ出るような感情が、表情と声の震えで伝わってくるシーンがあり、フィクションなのに現実を感じる凄みがあり、主役をも凌駕する、とても大きな存在感がありました。
そして本作のテーマソングを、今の日本音楽シーンのトップに君臨するYOASOBIが描き下ろしており、開演と同時に彼らの曲が劇場に流れ、そこから物語の世界へと引き込んでくれました。
舞台にテーマソングがあるというのはあまりないパターンなのではないかと思いますが、聴くだけで舞台を思い出して涙が出てきてしまうほど、歌詞がストーリーと完全にリンクしているのも驚きでした。
早く音源が解禁されないかな、と願うばかりです。
鈴木おさむさんと田中圭さんの舞台作品でのタッグは本作で3作品目ですが、鈴木おさむさんにしか出せない、田中さんの表現力やエネルギーがあると毎回感じます。
ぜひ第4弾も数年後に観れることを期待しています。
【公演情報】
「もしも命が描けたら」
作・演出:
アートディレクション:清川あさみ
テーマ曲:
出演:
東京公演:2021年8月12日(木)~22日(日) 東京芸術劇場 プレイハウス
兵庫公演:2021年9月3日(金)~5日(日)兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
愛知公演:2021年9月10日(金)~12日(日)穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール
観劇日:2021年8月14日(土)13:00公演、18:00公演